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二遊間の恋 大リーグ・ドレフュス事件

やー、面白くて一気に読んでしまいました!

二遊間の恋―大リーグ・ドレフュス事件 (文春文庫)

二遊間の恋―大リーグ・ドレフュス事件 (文春文庫)

 

まず、この作品。原題は"The Dreyfus Affair"なのですが、コレに『二遊間の恋』という邦題を与えたのはファインプレーと言わざるを得ない感じ。昨今、「何でわざわざこんなクソ邦題をつけた?」という作品も少なくないですが、いやー、素晴らしい邦題じゃないすか。
……と、あくまでも僕の好みで翻訳者、編集者を讃えたところで以下、内容のご紹介です。

ひとことで言うと、あらすじはメジャーリーグのとあるチームのスター選手、二遊間を組んだコンビが禁断の恋に落ちる》という実にシンプルなもの。アメリカの国技としてのMLBそのものが(時代背景なども手伝って殊更に)大きな障壁となり、二人の間に立ちはだかる、という図式です。

野球はただのスポーツではない。野球はこの国でもっとも重用視されている価値観を象徴するスポーツであり、その根底にあるのはヘテロセクシャルな関係と一夫一妻制だ。ダラスで起きた出来事はこのような価値観、ひいては、野球というスポーツそのものを冒瀆するものだ。

とは作中に登場するコミッショナーのセリフですが、要するにそういう世界観の中、舞台の上で、二人が恋をすることが大きなドラマとなって展開されます。なお"ダラスで起きた出来事"というのは、既に撤廃されたテキサス州ソドミー法(「自然に反する」と見なされる性行為を犯罪とする)に抵触する行為を指しています。

なんていうかたちで紹介をしてしまうと、大きなタブーを扱ったゴシップ、スキャンダラスネタか、という見え方をしてしまうかもしれませんが、内容としてはかなり正当派な恋愛小説でした。それもめっちゃピュアな。今時こんな純な恋物語にはなかなか出会えないよなーというぐらいの、です。


以下、僕が個人的に面白かったポイントをダーッと。

①妻子持ちの遊撃手がクローゼットなゲイの二塁手に惚れてしまう、という構造

言わば《同性愛の目覚め》のおはなしだったのが、僕的にはキュンときました。

ヘテロセクシャルの遊撃手は、最初はただ二塁手をひとりのプレイヤーとして、最高のコンビネーションを生み出せるパートナーとしてリスペクトしていたんですが、それがいつの間にか恋心に変わってしまう。そんなことあるかよ!と思われる方もいるかもしれません。でも、内に眠る性向を自覚する機会を持たないままにある程度の年齢に達してしまうというのは、実際にあるハナシです。ソースは僕自身。
そして、僕と同じく遅咲きのゲイである遊撃手の激しい混乱や葛藤の在り方、自身の感情を認め、受け入れてゆく過程がなかなかリアルなんですよねえ。それまでの人生で築いてきたまっしろな壁のような価値観にヒビが入り、脆くも崩落し、前後不覚の空間に放り出されるさまが丁寧に描かれています。

自分が同性を好きになったという事実を認めたくない気持ちとは裏腹に、遊撃手は激しく二塁手を求め、実にまっすぐなアプローチをします。対する、ナチュラルボーン・ゲイの二塁手の方はというと、経験値の故にか逆に理性的で、「お前はこっちに来ちゃいけない」と助言をしたり、努めて冷静な(そして寛容で優しい)判断を下そうとする。その対比が面白いんですよー。

遊撃手の感情の揺れ動き方やその激しさ、制御のきかない行動はもう、ほとんど初恋に落ちた少年のそれなんですが、まさにそれは同性に対する初恋であって、まるで余裕がなく、「この恋以外はどうでもいいんだ!とるにたらないものだ!」という盲目状態にあっさり達してしまいます。で、ゲイとしての経験値が高い二塁手の方も、そんな遊撃手に完全にやられてしまう。二人の関係性がヒジョーにいい感じでした。

②野球を絡めたメタファの多さ

一転してコレはグッときたポイントではなく、単純に面白かっただけです。
バットやボールを下ネタに絡めるのってのは卑近なギャグですけど、それを大真面目にやられると思わず笑っちゃうんですよね。

二塁手の体に腕をまわしたとき、ランディ・ドレフュスの心は安らぎに満たされた。とうとう、このときがきた。生まれてはじめて、ランディ・ドレフュスは左打席にはいった。彼は足の位置を決め、バットを短めに握りしめ、スイングした。

こんな文章でシメて次の章に行かれちゃうともう……。スイングしたのかい。そうなのかい。ってなりますよね。結構こういうノリの文が登場するんですが、ギャグです。
なお「左打席に入る」は、右打席=異性愛・左打席=同性愛、の対比的な比喩ですね。後半には「おれは、もう右の打席では打てなくなった」「今となっては、かつて右打席でバッティングできたことが不思議に思われた」と、いつの間にか異性に魅力を感じなくなった遊撃手の描写があったりして、半分笑いつつ、半分「あー、リアルや……」という感じで。

ちなみに、野球に関係のない比喩に関しても「ブホッ」と噴き出してしまうようなものがいっぱいあって、めっちゃ面白かったです。いかにもアメリカ的だなーというものから、何それ?と単純につっこみたくなるようなものまで。日本の作家からは絶対に出てきません。

③遊撃手の妻のリアクション

旦那が同性と浮気をしている、と知った奥さんの一連の反応がまた結構リアルな感じで、身に覚えのあるものでした。

ある意味では、彼女にとって夫を奪ったのが女ではなく男であるほうが心理的打撃は軽かったといえるかもしれない。不快感も少ない。ランディはただ、別の方向に進んでしまっただけだ。体内のホルモンの働きが変わったおかげで、欲望の対象が変わっただけだ。いわば不可抗力だ。

これ、どういう心理なんですかねえ!
他にも色々と面白い文があったんですけど、「あー、身に覚えがある。この理屈を俺は知っている!」という感じでございました。女性ってすごいし、底知れない。や、だって遊撃手は結構サイテーな振る舞いをするんですよ。僕にも身に覚えがある感じの……。はー、思い出したくない。


と、ダラダラ書いてしまいましたが、名作です。ラスト間際の展開はちょっと「ええ?」という感じもありつつ、でも大作映画っぽい感じかもなーと考えばそれもまた良し、なラインじゃないでしょうか。野球の試合描写もなかなかしっかりしております。
拙作『ナイン・ストーリーズ』を読んだ方は、この本を合わせて読むと違う楽しみ方ができるかもしれないですよー。やー、作中の球児くんに読ませてやりたいです。新たなドラマが生まれてしまいますね。『ナイン・ストーリーズ2 -二遊間の恋-』。あれ、安っぽい……。

ナイン・ストーリース? -球児九人夏物語- side A

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ナイン・ストーリース? -球児九人夏物語- side B

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アフター・ナイン・ストーリーズ

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そんでは!